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歌舞伎というのは大人の鑑賞に堪える演劇だと私は思います。その中で舞台に出てくる
だけで主役を喰うほどの光彩とオーラを放っていたのが徳三郎さんではなかったでしょうか。
力のある座頭役者にとって徳三郎さんのような役者が脇役に出ることは芝居の質が上がり
自分の理想とする芝居を作り上げることができるのですが、力のないものが座頭となり
脇に徳三郎さんが入ると自分の存在が薄れてしまう怖い存在の役者だったと思います。
観客としての私にとって、もう徳三郎さんが出てくるだけで、目は釘付けになりました。
舞台の隅で後ろ向きに座っていたとしても、その後ろ姿にさへ色香が匂い立つようで
主役が舞台の真ん中でどんな演技をしようとも、惚れ惚れと見つめていたものです。
(ひとりだけ違う方を見ているのですから、主役の人には目障りだったでしょうが)
華の姿を私たちの中に残して、逝ってしまった徳三郎さん。
私は先代の仁左衛門さんのように自らの筆で自伝を残して欲しかったのですけれど
でもこのように一冊の本として形に残されたのも、役者としても人間としても多くの人たちから
愛されていたからなのでしょう。
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