新劇通信簿

2002年の例会(私のコメント付き)


1月3月4月6月7月9月10月

12月

題名・・・「赤ひげ」
作者・・・山本周五郎
脚色・・・田島栄
演出・・・十島英明
劇団・・・前進座
主演・・・嵐圭史
男性・とてもよかった=47%・よかった=41%・まあまあ=10%・よくなかった=2%
女性・とてもよかった=47%・よかった=43%・まあまあ=10%・よくなかった=0%

残念ながら、あまり面白いとは思えませんでした。それはなぜなんだろうと考えてみたくて
再度原作を読み返してみました。(本当なら芝居を見る前に読んだ方がいいんでしょうけど)
「赤ひげ診療譚」(昭和五十五年四月・新潮文庫刊)は八章あり、今回の脚本化にあたって
それぞれの章からエピソードを抜き出して再構成してありました。
15分の休憩を含めて3時間の上演時間の芝居の中にエピソードをこれでもかというほど
詰め込んだ上に、結構こまめに舞台転換があったので、山本周五郎作品が持つ庶民の貧しい
中にもほのぼのと心温まる話や、やりきれない悲しみが表現しきれず、何か腑に落ちない
ままで流されていったように感じました。
取り上げられていたエピソードの中で、特に力を入れて書かれていたのが「むじな長屋」
の佐八とおなかの件と「鶯ばか」の親子心中の件でした。心中しなければならなかった
長次の両親はなぜ甲斐性が無かったのか分からずじまいだったため、親子心中に至った動機
があいまいで、なんだか子役の熱演で涙を誘う作りにしか見えませんでした。他にも保本の
長崎遊学の3年をなぜちぐさが待てなかったのか、ちぐさから裏切られたトラウマをどう
克服してまさをと祝言をあげる決心を持ったのかとかが、ずーっと私の心の中に引っかかった
ままで芝居が終わってしまった感じでした。
この「赤ひげ」が大劇場の商業演劇として見に行っているのなら、こんなもんかなと納得する
のですが、労演で上演するのならもっと枝葉を刈り込んで山本周五郎の原作に近づけた味わい
深い作品に戻して欲しかったと思いました。やっぱり以前見た「さぶ」の出来が良かった
だけに残念でした。
私の評価・・・まあまあ

10月

題名・・・「雨」
作者・・・井上ひさし
演出・・・木村光一
劇団・・・こまつ座
主演・・・辻萬長
男性・とてもよかった=43%・よかった=49%・まあまあ=10%・よくなかった=0%
女性・とてもよかった=49%・よかった=44%・まあまあ=7%・よくなかった=0%

前日は「検察側の証人」で一人が全員を騙す芝居。そしてこの「雨」は全員が一人を騙す芝居。
二日続けてのミステリーでした。
生まれてからずーっと橋の下に暮らし、金屑拾いをしてきた徳という男。初めは自分という
ものを(いかにも日本風に)わきまえていたのですが、自分の一言が店の使用人ばかりで
なく、平畠藩の紅花百姓から侍までに影響を与えていくことに、自信と野望が生まれて来る
のです。
しかし紅花問屋の主人として生きていくためには自分のアイデンティティを全て消しさらねば
なりません。その上邪魔になりそうな人間をも殺してしまうのです。人間の業と欲の深さに
艶笑を織り込みながら描いていく井上ひさしの初期の作品は、さすがに時代を超えた普遍性を
持っているなぁと感じました。徳が平畠に着いた茶屋の場面で婆と娘が方言でしゃべっている
のを聞いて、観客の私もこれは何を言ってるのか全然分からないやとお手上げだったのが、
見ているうちに段々私の頭の中で考えていることも平畠なまりのイントネーションになって
いるのがおかしかったです。
それにしてもこんなにたくさんの人が舞台に立っているのっていつ以来だろうかと思えるほど
でした。機関誌の「素顔の役者」で松野健一さんが稽古場の“ベニサン”の狭さについて書か
れておられましたが、京都会館の舞台も狭く感じるくらいの人数と熱演でした。
最初のシーンで出てきた親孝行屋役の坂部文昭さん、大人の大きさのマネキンを抱えての長
セリフ、うわぁこりゃたいへんだと思いました。
私の評価・・・とてもよかった

9月

題名・・・「サンシャイン・ボーイズ」
作者・・・ニール・サイモン
演出・・・酒井洋子
劇団・・・テアトル・エコー
主演・・・納谷悟朗
男性・とてもよかった=9%・よかった=45%・まあまあ=38%・よくなかった=8%
女性・とてもよかった=16%・よかった=44%・まあまあ=32%・よくなかった=9%

もう極めつけとしか言いようのない素晴らしい舞台でした。
過去の栄光の中に生き続ける老コメディアン・ウィリー(納谷悟朗)と自分の限界を悟って
引退したアル(熊倉一雄)。11年のブランクはウィリーの中にアルへの不満と怒りを増幅
させていました。このウィリーにアルと組んで、過去の大ヒットコメディーを演じるという
仕事が来るのですが、アルとウィリーはことごとく反発しあってしまいます。
この芝居を見ながら、日本の漫才師コンビでも舞台を降りた途端大喧嘩をし、決して仲が
良いとは言えない人たちがあると聞いたことと、そして納谷さんの体型から連想させられる
からか、天才漫才師と呼ばれた横山やすしを思い出してしまいました。
やっさんが最期まで西川きよしとコンビ復活を望んでいたという話を聞いたことがあり、たぶ
んウィリーもアル以外との仕事が考えられず何のかんのといっては、断っていたんだろうなと
気持ちが伝わってくるようでした。洋の東西を問わず天才的なコメディアンはこういう人生を
送るのだろうか等とも感じてしまいました。熊倉さんは出てきた途端、明るくて華があります。
納谷さん共々御健康を祈るばかりです、とってもすてきなコンビですから。
私の評価・・・とてもよかった

7月

題名・・・「十二夜」
作者・・・シェイクスピア
演出・・・佐竹治
劇団・・・俳優座
主演・・・田野聖子
男性・とてもよかった=25%・よかった=54%・まあまあ=19%・よくなかった=2%
女性・とてもよかった=36%・よかった=48%・まあまあ=16%・よくなかった=0%

劇場に入るともうそこには扮装した役者さんたちがチラシを配ったり座席を案内したり挨拶
したりしていました。なんだか一観客の私の方が慣れていないせいか、ちょっと落ち着かない
感じでした。もし今後この「十二夜」を見る予定の方がおられたら、役者さんたちに話しかけて
みたりするのもいいかもしれません。
今回の「十二夜」はもう理屈抜きで楽しむべきであるというコンセプトがはっきりした
芝居だったように思います。
ミュージカル仕立てだったのも良かったのではないでしょうか。シェイクスピアの作品の中でも
かなりお遊び的な芝居ですので、普通のセリフで聞くと観客も白けてしまったと思います。
そして最近ベテランと若手の差が目立っていた俳優座にとっても、その差を感じさせずに楽し
ませてくれたと思います。もちろん飲んだくれの叔父トウビー役の若尾哲平、執事のマルヴォ
ーリオ役の堀越大史のリードが良かったからだとは思いますが。
今月の評価は本当なら“面白かった”としたいところなのですが、それがないので
私の評価・・・よかった

6月

題名・・・「紙屋悦子の青春」
作者・・・松田正隆
演出・・・福田善之
劇団・・・木山事務所
主演・・・水野ゆふ
男性・とてもよかった=24%・よかった=57%・まあまあ=17%・よくなかった=2%
女性・とてもよかった=29%・よかった=58%・まあまあ=11%・よくなかった=2%

昭和20年3月九州の片田舎に住む紙屋家。兄夫婦と暮らす悦子の淡くて哀しい恋の話でし
た。
ちゃぶ台を囲んでは家族で何か食べているのを見て、「坂の上の家」を思い出してしまい
ました。そうそうあの芝居も家族が集まると食事してましたもんね。そして兄弟で暮らし
ていたところも、これが松田さんの“平凡な日常”の表現方法なのでしょうか。
戦時中なので乏しい食事ではあるのですが、それでも都会に比べると(といっても母など
から聞いた話と比べてなのですが)食べる物はあるし、防空警報も聞こえてこないし、ど
ことなく穏やかで春の日溜まりのような家族でした。
そんな家族にもやはり戦争という死の陰が背中合わせに張り付いていました。
悦子が以前より慕っていた明石少尉は特攻隊の一人として志願しようとしており、明石の
親友で整備兵だった永与少尉が悦子のことを気に入っていると知って見合いをさせます。
このあたりまで来るとだいたいストーリーが見えてきました。涙腺が緩むスイッチもちゃんと
入ったのですが、これは芝居に対する涙ではなく、戦争で死んでいかなければならなかった
人々に対する哀悼の涙で、もし違う芝居で同じようなシチュエーションがでてきても、きっと
涙していたはずです。
実はこの芝居は車椅子に乗ったご主人とそれを押しながら散歩する奥さんの老夫婦の
会話から始まります。話の中身から永与夫妻の50年後の姿であり、ご主人は病院に入院して
いること、そしてかなり重い状態であることを伺わせました。自分の命の終わりを見つめている
永与は一言「どうして自分が生き残ってしまったんだろう」とつぶやきます。
私はこの男どうして今更そんなこと思うんだろうかと、引っかかってしまいました。ひょっとする
と、松田さんはこの一言に男の優しさを表したかったのでしょうか。
しかし永与が、悦子の伴侶には自分より明石の方が良かったのではないかと思っていた
とすると50年間築き上げてきたこの夫婦の歴史を否定しているようで、女の感覚としては
それは優しさではなく、残酷なことだと思うんですけれど。
私の評価・・・よかった

4月

題名・・・「高き彼物」
作者・・・マキノノゾミ
演出・・・鈴木裕美
劇団・・・俳優座劇場プロデュース
主演・・・高橋長英
男性・とてもよかった=17%・よかった=59%・まあまあ=19%・よくなかった=5%
女性・とてもよかった=23%・よかった=61%・まあまあ=15%・よくなかった=1%

この芝居は昭和53年の静岡県川根町の雑貨屋が舞台です。
幕が開いた途端、舞台に飾られていた品々に、そうそうあの頃はまだうちの家も黒電話
だったな、ラジカセやテレビもあんな感じだったし、と懐かしかったです。
智子役の藤本喜久子さんの聖子ちゃんカットだって、あの頃の女子大生学生やOLは
みんなあのヘアスタイルでしたし。
主人公の猪原正義が教師を辞めたのはそれよりも15年前ということでしたから、昭和
38年頃のことだったのでしょうか。たぶんそのころの教師はまだまだ聖職者だったから
くそが付くほど真面目で不器用な正義が追いつめられてしまったのでしょう。
この芝居を見ながら、今や学校の先生は良くも悪くも普通の人だからなぁと思っていました。
こんなに一生懸命に生徒のことを考えてくれる先生がそばにいてくれるなんて夢のまた夢
かもしれません。
おじいちゃんの森塚敏さん、ちらっと出てきてごく普通のことを言ってるんだけど、それ
がかえってこのどたばたした家族の中では、浮いた感じでおもしろかったです。
この芝居、今時のものらしく楽しくて、ホロッとさせられて、最後はちょっとHAPPYな
気分にさせてくれました。(ちょっと新喜劇的な御都合の良さも感じましたけどね)
私の評価・・・よかった

3月

題名・・・「雁の寺」
作者・・・水上勉
演出・・・木村光一
劇団・・・地人会
主演・・・高橋惠子
男性・とてもよかった=37%・よかった=40%・まあまあ=22%・よくなかった=1%
女性・とてもよかった=42%・よかった=45%・まあまあ=12%・よくなかった=1%

京都労演3月21日公演が「雁の寺」地方巡業の千秋楽ということだったからか
水上先生が見えておられました。そのときのご挨拶に「この公演が成功したのは高橋さんが
いたからだ」とおっしゃっておられましたが、まさにその通り、一番最初に舞台に現れた時
から、後ろ姿にさえ匂い立つような色艶が感じられました。これはもう新劇の女優さんでは
どうあがいても太刀打ちできない(新劇女優のみなさまスイマセン!!全く太刀打ちできない
私のことは完全に棚に上げての発言です)どうすれば一番自分が美しく表現できるかを知り
尽くしておられるなぁと感心しながらみていました。着物も帯も渋いけれどおしゃれだった
し、着物雑誌の表紙を飾るだけのことはあるもんなぁとも。
高橋さんを初めて舞台で見たのは蜷川幸雄演出の「近松心中物語」の梅川だったのですが、
この時はなんだかセリフをがなるだけで、もうちょっと感情表現とかできないのか、なんて
生意気なことを思ったりしてたのですが、何年かの間に目を見張るような代わり映えで、
舞台女優として旬の時期に入ってこられたように思いました。
広也さんの慈念は14歳から16歳くらいの役だったようですが、これも難しい役でした。
神戸の酒鬼薔薇少年を彷彿とさせるものでもあり、性衝動からくる小動物の虐待から殺人に
至る人格障害と禅宗の僧侶としての純粋な面を持つ二重人格の複雑な少年を演じるのです。
現在僧侶になるための勉強をしているのは家の職業である寺を継ぐ人か、自ら僧侶を望む人
がほとんどだろうかと思います。その人たちに比べて慈念は口減らしという全く仏門には
無縁の境遇から無理矢理連れてこられたのですから、仏教社会の本音と建て前の間に
挟まれて、かえって仏教社会に対する不信が膨らんでしまったのも致し方が無いように
思えました。
舞台中央の一番奥の高いところに大きな仏像が我々を見下ろしていました。
その仏様の位置が私にはとても印象的でした。実際、私の生活の中でも仏様はあれくらいの
場所から、なにもおっしゃりはしないけれどじっと見つめておられるのだと思われてなりません。
私の評価・・・よかった

1月

題名・・・「払えないの?払わないのよ!」
作者・・・ダリオ・フォ
台本・・・渡辺浩子
演出・・・丹野郁弓
劇団・・・民芸
主演・・・奈良岡朋子
男性・とてもよかった=14%・よかった=57%・まあまあ=25%・よくなかった=4%
女性・とてもよかった=23%・よかった=50%・まあまあ=26%・よくなかった=1%
ランキング・・・215位

奈良岡さんの演技はじけてましたねぇ。最近の彼女のお芝居はインテリで危険な道を歩みそう
になる世の中をぐっと見据えているような役が多かったので、今回のように落語にでも出て
きそうな口先三寸のおかみさんの役をあの口跡の良さと共に楽しませていただきました。
16年ぶりの再演なのですが、ひょっとすると私は前回見ていないような気がします。
記憶がないんです。だから前回と比べてどうかということは言えないのですが、インフレで
あろうがデフレであろうがしわ寄せは我々に回って来るんだと言うことに違いはないようです。
イタリアの女房たちは家賃を5ヶ月貯めていようが、電気やガスを止められそうになろうが
元気です。もし同じシチュエーションで日本で芝居を作ったとしたらこんなに明るくて
大らかな生き方を登場人物達はできるんでしょうか?たぶんスーパー襲ったり、通勤電車を
止めたりなんて絶対無いような気がします。日本人ってやっぱり大人しいんでしょうね。
一人四役を演じられた大滝さん、早変わりをして舞台に出てこられるんだけど、どれも皆
大滝さんそのもので、それがだんだん疲れてきてよれよれになってくるのが、なにげに愛嬌が
あって(大滝さんには申し訳ないですが)面白かったです。
私の評価・・・よかった

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